折に触れ受け取るメッセージです。
2007年7月7日
いかにても
人の歩むる道なるは
さまざまにあり
山・谷・峠・ごろた道
しかしてすべて大愛の
中を歩みておることを
知りてお暮らし下されよ
いかに大きく抱かれて
愛されおれども気づかずに
己れの力で為したると
己れの力盲信し
鼻高々となる者よ
己れ高みに置くうちは
己れの道は迷い道
人知れず
神の手足となりたれば
お人の中では目立たぬも
神の目からは隠せぬものよ
人知れず
祈りの道を歩むもの
人知れず
お人救いておる者よ
己れが為したる事なると
思いもせずに人知れず
楚々(そそ)と行うその御技(みわざ)
神の仕事と思うべし
光の道を歩む者
お人の中では目立たぬも
慈愛あふれて隠せぬものよ
ひけらかせずとも人はみな
その愛求めて集まれり
光のもとへと集まれり
人々よ己れは神の容(い)れ物と
知りてお暮らし下されよ
いずこに居りても輝けり
己れの場こそが聖地なり
何ぞ恐るることはなし
己れの心が恐れ呼ぶ
そを知りたればその心
つとめて明るく日々保ち
平安の
うちに清(すが)しく生きめやも
悪も邪も
己れに映さる鏡なり
己れ恐るることなくば
映さることもなきことを
ようよう知りて下されよ
あなたがどのように思われましょうが、
人の歩む道(人生の道)はさまざまです。
山道や谷や険しい峠道、ごろごろの石の道など、苦難の道もあれば、
平坦な道、大道など比較的楽に思える道もありましょう。
どんな道であろうとも、
すべて神の大きな愛の中を歩んでいるのだということを
わかってお暮らしくださいね。
大愛の中で、どんなに深く愛されていても気づくこともなく、
己れ中心に生きて、すべては己れの力で為しているのだと、
生かして頂いているということにも感謝せず、
偉そうに鼻高々となっている者よ。
人の中で自らを高みに置いて、偉そうにしているうちは、
自らの進む人生の道は迷いだらけとなるでしょう。
人に知られることもなく、ひそやかに神の手足となり、
お人のために尽くしている人は、人からはそうと知られずにいても、
神の目から隠されることはありません。
誰に知られることもなくお人を救っておられる人や、
ひそやかに祈りを捧げつづけている人、
己れが、己れが、と 言いつのらずに、ひそやかに、
己れの為したことだ などと思いもせずに、
楚々と行っておられる そのお仕事は、
まさに神のなさる お仕事なのです。
そのように光の道を歩んでおられる人は、
人々の中では目立たなくとも、慈愛の光に満ちているので、
ひけらかすことなどなくても、人々は みな その光のもとへ
いつのまにか 集ってきてしまうものなのです。
その愛のもとへ。
皆様
ご自身は神の容れ物なのだと知って お暮らし下さい。
ですから、あなたご自身は、どこに居られても輝いておられるのです。
あなたの居られる場こそが聖地なのです。
どこぞのパワースポットを求めてさまようことよりも、
あなたご自身の居られる場をますます浄めてお暮らしになることです。
そのように思って生きておられるのなら、
何も恐れることなどありませぬ。
何かを恐れるその心こそが、恐れを呼び寄せるのです。
それを理解できたら、あなたの心をつとめて明るく保ち、
平安の中で、清らかに生きていって下さい。
悪も 邪も
あなたの鏡に映されたあなたご自身の恐れの姿なのです。
あなたに恐れる心がないのならば、
それらが映されることはないのだということを知っていて下さい。