折に触れ受け取るメッセージです。
2006年12月31日
決定(けつじょう)は
自らでせよ
いかにても
人の囲いに入りては
己れの道は定まらぬ
いかに厳しき道たるも
己れ定めし旅の地図
いかに険しき道なるも
己れ定めし天の道
誰(たれ)に恥じ入ることもなく
誰(たれ)に求むることもなく
己れの足で一歩ずつ
歩み進めてゆくがよし
いかに小さき歩巾でも
歩むる道のそこここに
気高き蓮華咲きほこる
そを信じよの人々よ
歩むる道は清まりて
はるかな山のかなたまで
蓮華の道は続き行く
孤立無援と嘆くなよ
己れの道は己れのみ
歩みておると思うがの
我らも共に歩みおる
そを忘るるないとし子よ
物事を決定すること
それは自分自身でなさい。
どんな理由があろうとも
人の決めた囲い(団体・宗教・etc)に所属していては
自分の本当の(真の)道は定まりません。
所属した場の意向に従うのではなく
自分自身に従うことです。
ひとりで立つこと(自立すること)が
どんなに厳しい道であったとしても
それは生まれ来た時に自分自身が
決めてきた人生の旅の地図なのです。
どんなに険しい道であったとしても
自分自身が定めた 己の中の神と共に進む道なのです。
誰かに知られて恥ずかしいと思うこともなく
誰かに依存することもなく
自分自身の足で 一歩ずつ
歩みを進めてゆくことです。
どんなに小さな歩幅であっても
自分自身の足で進むならば
あなたが歩む道には
氣高い蓮の花が咲き満ちてゆきます。
どうぞそれを知っていてください。信じてください。
そうやって一生懸命に
真(まこと)を求めながら一歩ずつ歩む
あなたの道は浄まってゆき
あなたの進む道のはるかかなたの山のふもとまでも
蓮の花の咲く道は続いてゆきます。
どこにも誰にも依存しないで自立していても
それは孤立無援ということではありませんよ。
自分自身の道は
自分だけで歩んでいるのだと思うでしょうが
決して孤立しているわけではないのですよ。
私たち(神々、守護の者たち)も
あなたと一緒に歩みを進めているのです。
いつもそれを忘れないでいてください。
いとしい子供たちよ。