折に触れ受け取るメッセージです。
2006年8月1日
人々よ
万生万物出会うたび、
深き謝罪と感謝をの、
日々の勤めとなす姿、
まことうれしきことなるが
一歩進んで祝福を
すべてに授(さず)けよ それこそが
神の思いを人々に
いやさ万生万物に
伝えしことと知りたもう
「ごめんなさい。ありがとうございます。
あなたに祝福がありますように。」
己の言葉で日々唱え
祈り心で歩まれよ。
すべての生を心より
讃(たた)えて生きよということじゃ。
それこそ今ここ生受けて
命つなげし人々の
あるべき姿よ神なる姿。
祈りて歩むるその姿
まこと美し神なる姿
歩みし道のうしろには
蓮の華(はな)咲く累々と
遥かな山のふもとまで
蓮華つらなり咲きつづく
人々の
幸(さち)を願いて日々祈り
この世の生きとし生けるもの
すべてが輝く楽園を
心に描き暮らしたもう。
清き願いは祈りとなりて
御国に届かんすぐさまに。
日々の暮らしのその中で
すべて祈りに変えうることを
心に留めて暮らしたもう。
祭壇のみが祈りの場、
人よ思うておらるるが
いずこに居りても祈りの場、
一歩一歩の歩みさえ
祈りとなりておることを
知りてお暮らし下されよ。
心に発する思いのすべて
清き祈りとなすように
日々精進を願いたし。
皆様
あなた方の生きておられる場で出会う万生万物(ばんしょうばんぶつ)に、心よりの謝罪(知らずに為した様々な負の行為に。様々な犠牲の上に生かされし我が身と知って)と(今 生かされている、この奇跡に)心よりの感謝を、毎日心に留めて生きておられる姿は、本当に嬉しいことでありますが、
さらに一歩進んで、万生万物のすべてを祝福してほしいのです。
(御魂(みたま)栄えませ、弥栄(いやさか)えませ)
それをすることが、神の思いを人々に、万生万物に伝えることとなるのです。
今まで知らずに為してきた罪や、わかっていてもせずには済まされないで為してしまったことの罪に対しての謝罪と、
すべてに対しての大いなる感謝を、
自分の真心のことばで日々唱えて、祈りの心で過ごしてください。
すべての生きとし生けるものの生を、心から讃えて生きてください。
それが、今ここで生きている人々がするべき姿です。
神人として為すべき姿なのです。
そのように祈り進んでゆく姿は、とても美しい神人の姿です。
あなたの歩む道の後ろには、蓮の花がずうっと咲きつづいています。
歩んできた道のずっとむこうの山のふもとまで、
蓮の花は連なって咲きつづいているのです。
人々の幸福を日々祈り、この世に生きとし生けるものすべてが輝いて幸せに暮らせる楽園を心に思い描いて暮らしてください。
そんなあなたの清い願いは、祈りとなって神の国にすぐに届くのです。
あなたの暮らしているその場で、あなたの清き思いはすべて祈りとなって届くのです。
それを知っていてくださいね。
何かの祭壇に向かって祈ることのみが祈りと思っておられる人もいるでしょうが、
たとえどこにあなたが居られようと、あなたの居られる場こそが祈りの場となることを(その一歩一歩の歩みさえもが)、
どうぞ知っていてください。
あなたの心に発する思いが、すべて清き祈りとなるように、日々努力して精進してください。