折に触れ受け取るメッセージです。
2005年8月10日
人々よ
川の流れはさまざまに
様相変えつ 流れゆく
源は
岩より 沁み出し 清らなる
滴の一滴一滴が
集まり流れて ひと筋の
小さな川と なりにけり
山の緑を 映しつつ
キララ きらめき 流れゆく
人々よ
旅のはじめは よろこびと
希望に燃えておるものよ
十月十日(とつきとおか)の長き日を
慈母の体に育まれ
産声あげし その時に
輝く日々の はじまりぬ
聖なる肉体(からだ) 授かりて
無限の愛に包まれて
人は歩まん 長き旅
人々よ
この始まりを 忘るるな
いかに苦難の日々とても
魂(たま)は知るらん 旅の意味
川は流れてゆくうちに
しだいに川幅広げつつ
しかして長き旅の間に
ヘドロに汚れ 塵芥(ちりあくた)
堆積するも 世の定め
いかに清(すが)しき川なれど
人里流れゆくうちに
投げこまれたる塵芥
淀みつくりし時もあり
流れ流れてゆくうちに
いかに濁りて 腐臭さえ
漂いたりても 嘆かずに
流るることを 続けたる
流れ流れてゆくうちに
自ら浄めて 清らなる
聖なる川となるること
川は知るらん 魂とても
今こそ淀みに ありとても
嘆くことなく 暮らされよ
一歩一歩の歩みの先は
輝く日々の 待ちたると
心に留めて 進まれよ
人々よ
人の歩むる道なるは
そこここ置かれし導きの
聖なる石に 氣づくこと
まずは 氣づけよ 目を開けて
何が己れを導くか
何が己れを高めんと
置かれし 氣づきの石なるか
川の流れを人生にたとえて諭しは始まります。
ひとつの川にも上流から下流、やがて海に注がれるまでの様相があり、それを人生にたとえているのですね。
流れる川にも様々に苦難があると……。ゴミや汚物を投げ入れられたりして淀みをつくって、それでも川は自らを浄めながら流れ続けるのをやめないのです、と。
「川の自浄作用かあ、ふぅん、なるほどねえ」
と深くうなずいた私でした。
「あきらめちゃいけない! 源の自分を忘れずに、自らの流れを大切にしよう。何があっても嘆かずに自らの自浄作用(聖なる自分)を信じて、この人生を歩み続けよう、ヨォシ!」
なぁんて拳握りしめたりしちゃってね、これだからコイツは諭しがいがあるって思われたかも。わかってんのかねホントにヨ、って?